金運とお金のこと

神様は見ている・・・50万拾った父の話

産土神社鑑定士・開運カウンセラーの星野まりなです

こちらは2019年夏の過去記事です

実は私にとって

お金と愛と人生について

究極のモデルに成っているのが、

四年前に癌で亡くなった父です。

父は、バブル期に働き盛りだった割に、

財や社会的地位に恵まれることはありませんでしたが、

人に優しく、とても忠実な人柄だったせいか、

なぜか特に、お金(お財布)を拾うことや、

お金を(結果的に)もらうようなびっくりな出来事が起こることが多々ありました。

まずは、財布やお金は拾うとすぐに警察に届けていました。

当時まだ流通していた500円札や、千円札一枚拾っても、警察に届けているような正直さでした。

一度で最高な時は、

50万円入ったお財布を公衆電話で発見!

その時は、私と妹が両方美大学生で、

両親は学費の工面がとっても大変だった時です。

警察から、お財布の持ち主が見つからずに

「半年経ったので、

50万円お受け取りしますか?

と連絡が来て、父が受け取ることになりました。

本当にびっくりしました

(ぽん!って打ち出の小槌をふられたみたいに、

お金って手に入る・・・・ことを体感)

ですが、

正直で、徳を積んでる誠実な父へのご褒美・・・・

神様は空から見てるんだなーと、納得!

父は正義感が強く、とても優しく、

絶対に否定したり、頭ごなしになにか言うことはありませんでした。

雨の日は駅まで車でお迎えに来て

自分が先に外に出て

傘を広げ助手席のドアを開いてくれたり。

普段から自然にそういうことができる人でした。

また、お給料が少ないからといって

仕事に手を抜いたり、自暴自棄になることも一度もありませんでした。

家族思いで、
巨人ファンで毎日毎年巨人を応援するほか、

誠実に人生を丁寧に生きていて、

それは私だけではなく、家族全員がわかっていることでした。

でも実際には、お嬢様育ちの母が、中小企業の父と一緒になり、

バブルで物価も金利も高騰する中、

3人の子供の子育てやマイホームの購入と学費工面で、

とても苦労していました。

そんな中、豊かさとは何か?ということを

両親は体現しながら子育てしてくれました。

それは、私の人生の財産でもあります。

豊かさとは何か?を

決してお金だけでは無いもの、

知識とアイデアで楽しんで乗り越え、

他者を理解するという意識を育ててくれたからです。

そして、今ならわかります。

なぜ、人生の最後になって、

更にお金が降ってくるようなことが起こったのか?

実は、父は

生涯連れ添った愛する妻が、

自分が居なくなっても幸せでいることを

何より望んだのだろうって。

父は、70歳で癌になりました。

肺気腫という、かなり厄介な癌で気づいた時は

ステージ3.5ぐらい。余命は半年と言われました。

実は、父の癌が発覚する2年前から、

(スピリチュアルは全く習っていなかったにもかかわらず)

私は父がいつか死ぬ気配がして、

仕事中にも涙が出てきたり、父の顔を見ては

フッともう、会えなくなる気がする・・・

そんな事がしばしば起きていました。

だから、この癌が発覚して

このお告げだったのかと思うと、

納得もしましたし、

もっと早く気づけなかったのか?と

悲しい気持ちになりました。

父の生きる希望もあり、

抗がん剤は体にあっていたようで寿命は1年のび、

その後の治療も順調で2年半、生きることができました。

そして、肺気腫は、アスベストが原因で発症されるとも言われていて、

(特に父の会社はゼネコンだったため)

闘病中でかなりの労力だったにもかかわらず、

昔のことを調べまくり、労災申請すると

1年半ぐらいして、労災認定が下りたのです。

(ちなみに決め手は

40年程前の、当時の給与明細が家から出てきた

という・・・普通は紛失、いや処分してるよね!?)

これが決め手で、治療費のほか、本人が亡くなった後、

遺族にもお金が降りるのです。

父は母の人生を最後まで面倒みるつもりだったことヒシヒシ伝わりました。

そう思うと、父ってすごいなって思うし、

父ならやりかねない!って思って

家族全員納得してしまいました・・・

私は自分の家が

決して貧しくて哀れとか

可哀想・私・・・とは思ったことはありませんでした。

とはいえ・・・

父は、精一杯ながら、毎度家族の経済を背負っていて

母が年金だけだと正直不安がっているのを

感じていたと思うのです。

とても優しくて責任感があり、

家族思いな父。

そんな父の最後の願いは

自分が居なくなっても、妻が幸せでいること

だったのだと思うのです。

癌になっても、母とドライブしながら

最期2ヶ月前まで大好きな日光に出かけていました。

癌センターの終末医療病棟では、看護師さんがお世話してくれると、

「国立の看護士さん、流石だね!」の褒め、

どんなに痛みや辛さがあっても、

周りへの愛と配慮を欠かさなかった父。

お世話になった方へは電話でお礼を伝え、

普段何も言わないのに、

子供と義理の息子たちにも一言づつ、

病室では、的確な言葉(メッセージ)を言い残し、

遺書には「財産を妻に残す」とだけ書き残してありました。

(2につづく)

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